研究を継続し、自分の発見を他の人々とも分かち合おうと決意したリュック博士は、経験を積み学習するためのチャンスを模索しました。常に熱心な読書家であった彼は、ホメオパシーの学位を英国ホメオパシー研究所(British Institute of Homeopathy)より取得しました。学習の結果、最終的にはナチュロパシー(自然療法)の学位も取得しました。彼は、ホメオパシーを教え、講義を行い、執筆し、科学誌に寄稿し始めました。リュック博士は教育と“先行投資”を強く信じており、過去40年間にわたって、米国、ヨーロッパ、カリブ諸島において何千もの人々の回復を助けてきました。
1992年5月、彼の“自己免疫疾患”の論文のひとつがアムステルダムで開催されたエイズの国際会議で著名な科学作家であるクリストファー・バード(Christopher Bird)によって発表されました。1993年の夏の間、シャルティン博士は国立衛生研究所(National Institute of Health: NIH)の代替医療研究室の補助金申請を審査するために設置された特別委員会に籍をおきました。“代替医療の知識とこうした申請を審査する上で厳密な科学水準を設定できる能力”が招聘の理由でした。
ホメオパシーの進展と教育のために、リュック博士は米国臨床ホメオパシーアカデミー(American Academy of Clinical Homeopathy: AACH)を設立しました。何百人もの健康食品店の関係者や一般人がAACHホメオパシーの基本原理のクラスを終了しました。資格のある従事者はAACHのトレーニングセミナーからCEUを取得しました。